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大阪地方裁判所 昭和30年(ヨ)167号 決定 1955年10月18日

申請人 羽田義彦

右法定代理人 羽田要太郎

右代理人 笠置省三

<外二名>

被申請人 橘辰次郎

<外一名>

右三名代理人 福岡福一

<外一名>

主文

別紙目録記載の宅地及び各建物に対する被申請人加藤の占有を解いて、これを申請人の委任する執行吏の保管に移す。

但し、執行吏は、被申請人加藤の申出があるときは、同被申請人に対し右各建物内に附加した同人所有の設備物件の取外し及び搬出を許さなければならない。

右の場合、執行吏はその保管に係ることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

被申請人羽田及び同橘に対する本件仮処分申請はこれを却下する。

理由

当事者双方の提出に係る疏明資料により当裁判所の一応認定した事実関係及びこれに基く判断は、次の通りである。

一、現状維持の仮処分と取消判決との関係申請人と被申請人等三名との間の当庁昭和二九年(ヨ)第八八一号不動産仮処分申請事件において昭和二九年三月十九日

「1 本件不動産について、被申請人等の占有を解いてこれを申請人が委任する執行吏に保管させる。

2 執行吏は、被申請人等の申出があつた場合には、被申請人等が右物件の現状を変更しないことを条件として被申請人等が使用しているままで保管することができる。

3 右の各場合に、執行吏はその保管していることを公示するために適当な方法をとらねばならぬ。

4 被申請人等は、右物件の地上において建築工事を続行し、或はパチンコ機械を据付けるなど一切の設備、占有の移転、その他一切の処分をしてはならぬ。」

旨の仮処分決定がなされ、同日その執行がなされたこと、被申請人等が申立人として右決定に対し取消の申立をなし、当庁昭和二九年(モ)第七二五号仮処分取消申立事件において昭和二九年一二月二一日

「1 右仮処分決定中建物に対するパチンコ機械の据付等一切の設備の附加を禁じた部分は、申立人等において金三〇万円の保証を立てることを条件にこれを取消す。

2 申立人等のその余の申立はこれを却下する。

3 (省略)

4 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。」

旨の判決が言渡されたこと、及び申請人が右言渡の日に右敗訴部分について直ちに控訴を提起すると共に即日大阪高等裁判所より右仮執行宣言附判決の執行力ある正本に基く強制執行は本案判決をなすに至るまでこれを停止する旨の強制執行停止決定を得たことは、いずれも当事者間に争いがない。

1 右判決による仮処分決定取消の範囲について、

前記仮処分決定第四項においてパチンコ機械の据付等一切の設備の附加を禁じた部分は、それ自体不作為義務を命じた裁判ではあるが、それがいわゆる現状維持の仮処分としての同決定第一項第二項と一連の有機的関係において同時になされたときは、かかる設備の附加は第四項記載の建築工事の続行、占有の移転等と共に第二項により執行吏の保管方法として被申請人等に物件の使用を許す条件たる現状不変更の内容、いいかえると、どういう行為が現状の変更となるかの具体的例示としての機能を果すものと理解せられるべきであつていわば第二項の現状不変更の条件の裡にすでに潜在的に観念されているものが第四項において顕在化したともいえるであろう。このように第四項の裁判の内容は第二項の現状不変更の内容を補足すべき関係に立つものであつて、かかる第四項の不作為命令を全然欠く場合でも、第四項に例示せられたような行為は第二項にいわゆる現状を変更する行為と解し得るであろう。

この関係を実質的に考える場合、前記仮処分決定は、本件不動産に関して申請人の被申請人等に対する建物収去土地明渡請求権の執行保全としてなされたものであるから、右第四項も、その表現においていささか強きに過ぎる印象を否み得ないとはいえ、その趣旨とするところは飽くまで土地建物の現状を変更する程度の一切の事実行為を禁止する趣旨に出たものであつて、土地建物の現状に影響を及ぼさない行為の如きは、もともと第四項の不作為命令によつても禁止されていないのである。従つて、第四項の不作為命令の取消は同時に第二項の現状不変更の条件に影響する関係にあるから、第二項の現状不変更の条件を守り乍ら第四項の不作為命令のみを取消し得るというが如きことは、該不作為命令が明かに執行保全の目的を逸脱する等特段の事情の認められない限り、前記仮処分決定の趣旨の誤解に出るか、さもなければ自己矛盾という外はない。

従つて、前記仮処分決定中右判決により取消された範囲は、その判決理由の如何に拘らず、単に全決定第四項の該当部分、すなわちパチンコ機械の据付等一切の設備の附加を禁じた部分の取消のみに止まらず、同第二項による執行吏の保管方法として被申請人等に使用を許す場合の現状不変更の条件も右限度において取消変更をうけるものと解するのが相当である。

2 執行停止が先か、取消判決の執行が先か

申請人は前記強制執行停止判定の正本によつて右取消判決の執行を停止したと主張するに対し、被申請人は右判決の定める条件たる保証供託を申請人の執行停止決定よりも先になした以上、右判決による取消の効果がすでに生じたとみるべきであると主張する。この点に関し、申請人が執行停止決定を得たことは、前記認定の通りであり、右停止決定に先立ち被申請人等において右取消判決の定める保証供託の条件を充たしたこと、被申請人等が右判決の言渡と同時に判決正本を交付されなかつた関係もあつて、被申請人等において同判決の正本及び保証供託証明書を前記仮処分を執行中の白沢孝策執行吏に提出しない間に、申請人の方が先に同執行吏に右強制執行停止決定の正本を提出して右判決の執行の停止を求めたこと、及びそれから間もない昭和二九年一二月二四日同執行吏が物件点検のため現場に赴いた際、被申請人代理人より始めて同執行吏に対し右供託証明書及び判決主文証明書を提出したことが認められる。

ところで、前記のように本件不動産に対し現状維持の仮処分の執行状態が継続している場合には、被申請人等の保証供託によつて右取消判決の執行力が発生したという一事により直ちに前記仮処分の執行状態が排除されるわけではない。右取消判決が執行機関である執行吏の占有保管条件の一部取消たる性質を有することすでに述べた通りであるから、被申請人等が右判決による取消の限度でかかる執行状態による拘束から終局的に離脱するためには、単に執行力ある取消判決による観念的形成だけでは充分でなく、右取消判決の執行手続としてその判決正本及び保証供託証明書を仮処分執行中の執行吏に提出することを要する。然るに、被申請人等がそのような措置をとらない間に申請人が先に右取消判決の執行停止決定の正本を当該執行吏に提出したこと叙上の通りであるから、被申請人等が折角保証を立てて執行力を生ぜしめた右取消判決も結局執行停止の憂き目にあつたものといわざるを得ない。

3 従つて、前記現状維持の仮処分決定の執行状態は依然全面的に有効に継続しているものといわなければならない。

二、現状変更の事実について、

前記判決の取消範囲や取消判決と執行停止とのいずれが優先するかにつき当事者間に見解が対立し、被申請人加藤の側では右判決の効力が優先するとの見解の下に早速本件建物内にパチンコ機械据付工事を再開するに至つたので、白沢執行吏が申請人の要請により昭和二九年十二月二四日現場を点検し、その際一応工事の中止を命じ、更に翌二五日現場で執行停止を有効とする見解を披瀝して工事の差止を命ずるに至つた。当事者間に以上の如き見解の対立を生じたについては、無理からぬ点があるとはいえ、兎に角執行吏が執行機関として右の如き見解を表明してパチンコ機械の据付等一切の設備工事を差止める態度をとつたのであるから、被申請人加藤としては、執行方法に対する異議の手段等によつて公権的判断のなされるまで、かかる設備の附加工事についても差控えるのが至当であるし、建築工事の続行に至つては、右判決によつてもはつきりと却下されているのであるから、かかる続行工事の許されないことは論ずるまでもない。

然るに、被申請人加藤は裁判所の休暇中の年末年始の間に乗じて以下の如き各工事を敢行するに至つた。その概況を明かにするため、前記仮処分執行当時の状況と比較してみよう。仮処分執行当時の状況は、心斎橋筋に面した別紙図面の第一棟目の建物は柱が数本むき出しになつていて、第一棟目乃至第四棟目の各建物の南北両側には壁もなく、第一棟目と第二棟目、第二棟目と第三棟目(間隔約三尺)、第四棟目と第五棟目(間隔約一尺)との間には多少の空地が存し、第二、第三棟目の各建物の南側には隣家との間に数坪の空地を存し、これらの空地の上方には第一、第二棟目間を除いて屋根もなくて連結せず、第五棟目の中央通路の北側は一帯の一室風で仕切もなく、天井板も第一棟目の一部を除いて殆んど存在せず、土間も第一棟目の一部がこわれたコンクリート敷となつていた以外はすべて土のままであつたし、右一二月二四日の点検当時でもパチンコ機械の据付台の木わく工事が緒についたばかりであつた。然るに、年末年始の突貫工事で、前記各空地部分に新しく屋根を拵えて各建物を連結し、動力線引込による大がかりの配電工事、瓦斯管工事を施行し、ベニヤ板の天井を新しく張り、南北両側に板壁を設け、土間を全部コンクリート敷にし、第一棟目から第四棟目までの建物内部を一帯の一室風に改装した上パチンコ据付台のボツクス二個を新設して両側の壁面及び右ボツクスの両面を利用して六列にパチンコ機械百数拾台を取りつけ、表側両側を玉売場、陳列(景品引換所)に改装し、表出入口も改装し、店内の天井には螢光灯の照明設備を施し、第四棟目の建物附近に階段並に屋上物干台を作り、第五棟目の北側の一室のところを数室に仕切つて事務室等を設け、従来の板壁の一部に窓硝子をはめこみ、家屋全域に亘つてトユ工事をなしたばかりでなく、その後第五棟目のトタン屋根を葺替え、第一棟目乃至第四棟目の各屋根を数ヶ所切抜いて排気筒を施行するに至つた。

このようにして建物建築工事の続行並に一部増築が行われ、屋内も全面的に模様替せられ、さきの仮処分執行当時の空疏雑然たる未完成建物は今や名実共に充実完装したパチンコ店となるに至つている。かかる工事は、申請人の建物収去土地明渡請求権の将来の執行を極めて困難ならしめるものであつて、結局被申請人加藤において、前記仮処分の執行中にも拘らず、これを無視し不法にその執行当時の現状に重大な変更を加えたものといわなければならない。

三、建物収去土地明渡請求権の存否並に占有関係について、

被申請人羽田及び同橘が申請人よりその所有に係る本件宅地を建物所有の目的で共同して賃借していたが、昭和二九年三月ごろその借地権(すでに期間満了に因り消滅したとの申請人主張は暫く措く)をそれぞれの所有建物と共に申請人に無断で被申請人加藤に譲渡したことを理由に、借地契約が解除せられたこと及び被申請人加藤が、一夜の中に更に建物を新築し、これら各建物を所有して本件宅地を不法に占有することに基いて建物収去土地明渡請求権の執行保全として提起された案件につき、その疏明ありとしてなされたのが前記現状維持の仮処分決定であつて、これに対する異議訴訟の裁判はまだなされていない。のみならず、右決定の執行中前記二、で認定した通り、被申請人加藤が本件土地建物に対し自分の思うように建築の続行並に増築工事を施行し屋内全面に亘つて執行当時の跡形もない程に模様替をなした事実、昭和二九年三月上旬ごろ本件宅地の北隣で大阪遊技場というパチンコ屋を経営している申請外王正芳及び童仁明が被申請人橘及び同羽田に対し金一、二〇〇万円でその借地権及び地上建物の譲渡方を交渉したが、被申請人等が一、五〇〇万円を要求したため不調に終り、その直後に被申請人加藤が現われて本件土地に建物の新築並に既存建物の改築工事を突貫的に施行し始めた事実をも考え合せると、申請人が被申請人加藤に対し建物収去土地明渡請求権を有することの心証を喚起するに充分である。被申請人等は本件各建物は依然それぞれ被申請人羽田及び同橘の所有に属し被申請人加藤は右被申請人等より保証金四〇〇万円、家賃月額一〇万円の約束でこれらの建物を賃借しているに過ぎないと主張するのであるが、これに副う趣旨の疏明は前記一連の動かし難い事実関係に徴し到底信用し難い。

被申請人等の占有関係については、被申請人加藤が本件宅地の借地権を譲受け本件各建物を所有占有していることは、叙上認定に照して明かであるから、同被申請人が本件宅地建物を全面的に直接占有しているわけである。他の被申請人両名の占有関係について考えてみるのに、前記借地権及び建物の譲渡後も登記簿上依然として本件(イ)の建物(前記第一棟目)が被申請人羽田の、又同(ロ)の建物(前記第二棟目)が被申請人橘の各所有名義になつているだけで、本件建物の実際の所有者ではないこと叙上認定に照して明かであるから、右被申請人等は本件宅地及び建物を直接占有しているものとはいえない。

四、仮処分の必要性並に程度

1  本件建物につき、前記現状維持の仮処分の執行状態が現に有効に継続しているに拘らず、被申請人加藤の前記の如き不信不法の現状変更行為がなされ、将来もその危険なきを保し難い以上、同被申請人に対する建物収去土地明渡請求権の執行保全として、現状維持の仮処分程度では必要且つ充分とはいえず、同被申請人の使用を許さない断行の仮処分の必要があるものといわざるを得ない。

2  被申請人は、前記仮処分執行後占有名義に変更なき限り第二次の断行の仮処分の必要性はないと主張するけれども、右仮処分の趣旨に照しかかる主張の理由のないことは明かである。

3  被申請人は本件不動産の現況は建物の種類、構造、坪数に関し仮処分執行当時と同一性を保有するから、本件仮処分の必要性はないと主張するけれども、未完成建物を完成建物の域にまで建築工事を続行し屋内の全面的模様替することにより建物収去土地明渡請求権の実現を著しく困難ならしめたこと前記の通りであつて、かかる場合にも建物の種類、構造、坪数の点で同一性が認められる限り現状変更の事実なしとか断行の仮処分の必要性がないというが如き見解は余りに皮相的で被申請人の保護に傾き過ぎた見解であつて、当裁判所はかかる見解に左祖し難いばかりでなく、増築等の事実によつて構造、坪数にも変更なきを保し難いことも前記認定事実に徴して窺われるから、この点においても右主張は理由がない。

4  又被申請人は被申請人加藤の営業の自由を禁止するが如き仮処分は違法であると主張する。しかし、さきの現状維持の仮処分においてパチンコ機械の据付等一切の設備の附加を禁じたのは、毫もパチンコ営業そのものを禁ずる趣旨に出たものではないこと余りにも当然のことであつて、その趣旨とするところは、当事者双方の利害較量の上前記の如き程度の未完成家屋にパチンコ機械等の諸設備の附加を許すときは、これに伴つて必然的に未完成家屋が何時の間にか完成家屋に近づき、そのために申請人の被保全権利の将来の実現が極度に困難となり、その被害たるや単に執行費用の増大、明渡遷延に基く地代相当の損害というが如き金銭的補償のみでは割り切れない事態に立至ることを慮つたによるものである。その結果として被申請人加藤の所期する営業ができないこととなつても致し方のないところであつて、かようなことは未完成建物に対する工事禁止の仮処分に通有の現象であつて、何等異とする程のことでもない。この理は本件仮処分に関しても全く同様である、被申請人加藤の前記の如き仮処分違背の現状変更行為により申請人の被保全権利の実現が著しく困難ならしめられた以上、本件断行の仮処分が発せられるに至ることは当然の成りゆきであつて、断行の仮処分の結果本件建物におけるパチンコ営業が不能となつても、自業自得という外はない。かかる不信不法の行為によつて招来せられた現在の状況を同被申請人に有利な事情に算えて当事者双方の利害較量をすることは、結局不法な現状変更行為を既成事実化することに帰着し、到底許し難い。被申請人の右主張は全く的外れという外はない。

5  但し、申請人が前記仮処分執行後に本件不動産に対しなした建築工事部分並にパチンコ機械等の一切の設備の除去を求める点については、被申請人加藤の使用を許さない断行の仮処分により、一応被保全権利の保全目的を達し得ると認められるから、その必要性がない。

五、結論

以上の次第で、被申請人加藤に対する本件申請を主文表示の程度で理由があるものと認め(なお保証の額については申請人がさきの現状維持の仮処分につきすでに保証として金三〇〇万円を供託していること、被申請人加藤の前記の如き仮処分違反の行為の態様等諸般の事情を考慮し、前文記載の通りとした)、被申請人羽田及び同橘に対する本件申請については占有の点ですでに理由がないから、これを却下する。よつて主文の通り決定する。

(裁判官 木下忠良)

<以下省略>

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